日本における男女賃金格差の実態:雇用形態と職種に焦点を当てた多角的分析と国際比較
はじめに
ジェンダー格差は、社会の様々な側面に影響を及ぼす重要な課題です。特に、経済分野における男女間の賃金格差は、個人の生活の質、労働市場の効率性、ひいては国家経済全体に大きな影響を与えます。本稿では、日本における男女賃金格差の現状について、単一の指標に留まらず、雇用形態や職種といった多角的な視点から詳細な分析を行います。さらに、国際的な比較を通じて、日本の位置づけとその背景にある社会経済的要因を考察します。
日本の男女賃金格差の現状
日本における男女間の賃金格差は、長年にわたり指摘されている課題です。厚生労働省が実施する「賃金構造基本統計調査」の最新データ(2023年)によると、一般労働者の所定内給与額は、男性を100とした場合の女性の賃金は75.7に留まります。この数値は、パートタイム労働者を含めない常用労働者の月間給与額を比較したものです。
雇用形態別格差
賃金格差は、雇用形態によってその様相を大きく変えます。
- 正規雇用労働者: 2023年のデータでは、正規雇用労働者の男女間賃金格差は男性を100とした場合、女性が79.1です。これは、非正規雇用労働者に比べて格差が小さい傾向にありますが、依然として有意な差が存在します。
- 非正規雇用労働者: 非正規雇用労働者の男女間賃金格差は、男性を100とした場合、女性が75.3と、正規雇用よりも格差が拡大する傾向にあります。非正規雇用では、女性の割合が男性よりも高く、賃金水準自体も低い傾向にあるため、雇用形態が賃金格差に与える影響は大きいと考えられます。
(図1: 日本の雇用形態別男女賃金格差(2023年) - 厚生労働省「賃金構造基本統計調査」より作成) 図1に示すように、正規・非正規ともに男女間で賃金格差が存在し、特に非正規雇用ではその構造的な問題が顕著であることが示されています。
職種・役職別格差
職種や役職も賃金格差の重要な要因となります。例えば、「管理・専門技術職」においては、女性の進出が増加しているものの、男性と比較して上位の役職に就く割合は低い傾向にあります。厚生労働省の同調査によると、「部長級」における女性の割合は、2023年時点で12.7%に留まっており、管理職全体における「ガラスの天井」の存在を示唆しています。
具体的な職種で見ると、例えば「生産工程従事者」や「事務従事者」といった特定の職種においては、男女間の賃金格差が他職種と比較して大きい場合が見られます。これは、各職種における労働時間の長さ、責任の度合い、評価制度などに性別によるバイアスが内在している可能性を示唆しています。
(図2: 日本の職種別男女賃金格差(2023年) - 厚生労働省「賃金構造基本統計調査」より作成) 図2では、職種によって賃金格差の幅が異なり、特に女性の割合が高い職種や、非正規雇用が多い職種で格差が広がる傾向が見られます。
国際比較における日本の位置づけ
日本の男女賃金格差は、国際的に見て依然として高い水準にあります。OECD(経済協力開発機構)のジェンダーデータポータルによると、2022年時点のOECD平均の男女賃金格差(フルタイム相当)は12.0%であるのに対し、日本は約21.3%(2022年、OECDデータに基づく計算値)と、平均を大きく上回っています。G7諸国と比較しても、日本はカナダ(約8.0%)、フランス(約12.5%)、ドイツ(約15.0%)などと比較して、依然として高い格差を示す国の一つです。
世界経済フォーラムが毎年公表する「Global Gender Gap Report 2023」では、日本の総合順位は146カ国中125位であり、特に経済分野における順位は123位と低い水準にあります。この経済分野の評価には、賃金格差だけでなく、労働参加率や管理職における女性の割合などが含まれており、多角的に日本の状況が評価されていることを示しています。
(図3: 主要OECD諸国の男女賃金格差(2022年) - OECD Gender data portalより作成) 図3に示すように、日本の男女賃金格差はOECD諸国の中で最も高いグループに位置しており、国際的な視点から見ても、その解消が喫緊の課題であることが明確に示されています。
格差の背景にある要因と社会経済的考察
日本における男女賃金格差の背景には、複数の複雑な要因が絡み合っています。
- 雇用慣行とキャリアパス: 日本の伝統的な雇用慣行では、男性が世帯主として長期間働き続けることを前提とした「メンバーシップ型雇用」が主流でした。この制度下では、勤続年数や職務経験が賃金に大きく反映されるため、女性が育児や介護のためにキャリアを中断・短縮する際に不利になる構造があります。
- M字カーブ現象: 女性の就業率が、出産・育児期にあたる20代後半から30代にかけて一旦低下し、その後再び上昇する「M字カーブ」現象は、キャリアの継続性という点で男性との差を生み、結果として賃金格差に繋がっています。
- 職務評価と性別バイアス: 職務内容や責任の重さが適切に評価されず、性別に基づく潜在的なバイアスが評価プロセスに影響を与えている可能性が指摘されています。女性が多く従事する職種や業務が相対的に低く評価される傾向もその一つです。
- 労働組合の役割: 男女賃金格差に関する学術研究では、労働組合の組織率や活動が賃金格差に与える影響も考察されています。例えば、杉田(2018)は、労働組合が賃金決定プロセスにおいて女性労働者の利益を十分に反映できていない可能性を指摘しています。
- 間接差別: 直接的な性差別が減少する一方で、一見中立的に見える制度や慣行が、結果として特定の性別(多くの場合女性)に不利益をもたらす間接差別の存在も、格差解消を阻む要因として認識されています(例: 転居を伴う転勤を昇進の必須条件とする制度)。
今後の課題と研究の示唆
日本における男女賃金格差の解消には、多面的なアプローチが求められます。政策的側面では、同一労働同一賃金原則の実質的な適用、男性の育児休業取得促進、柔軟な働き方の普及、企業内での女性の管理職登用目標設定などが挙げられます。
学術的な観点からは、以下のような研究テーマが示唆されます。
- 企業内賃金データを用いたミクロ分析: 企業ごとの詳細な人事評価データや昇進・昇格データを用いることで、個別の企業における賃金格差の発生メカニズムをより深く解明することが可能です。
- 無償労働の経済的評価: 家事・育児・介護といった無償労働が女性に偏っている現状を経済的に評価し、それが有償労働における賃金格差に与える影響を定量的に分析することは、労働市場におけるジェンダー格差を包括的に理解する上で重要です。
- 世代間比較と政策効果の検証: 過去の政策が男女賃金格差にどのような影響を与えてきたのかを世代間で比較し、今後の政策立案に資する知見を得る研究も有益でしょう(例: 神林・大竹, 2011)。
まとめ
日本における男女賃金格差は、雇用形態や職種、役職といった多角的な視点から見ても依然として深刻な問題であり、国際比較においても高い水準にあります。この格差は、伝統的な雇用慣行、女性のキャリア形成における障壁、潜在的な性別バイアスなど、複数の社会経済的要因によって形成されています。データに基づいた現状認識と、それに基づく実効性のある政策の実施、そして継続的な学術研究が、この構造的な課題を解決し、より公正な社会を実現するために不可欠です。
主要参考文献
- 厚生労働省(2023)『令和5年賃金構造基本統計調査結果の概況』
- OECD(2022)「Gender data portal」https://www.oecd.org/gender/data/
- 世界経済フォーラム(2023)「Global Gender Gap Report 2023」
- 杉田菜穂子(2018)「日本の男女賃金格差の構造変化と労働組合の影響」『日本労働研究雑誌』No.690, pp.4-17.
- 神林龍・大竹文雄(2011)「日本の男女賃金格差:その変化と要因」『季刊家計経済研究』No.91, pp.39-49.